2005年 06月 23日 ( 1 )

師匠パクチニョン

ピのお誕生日まであと2日。参加される方はもうすぐ出発かな?
お誕生日の前に師匠ネタを…

生師匠を見たのはpopasiaの時です。ちょっぴりその時のノースリーブと
タケの短い?中途半端なパンツを見たときはちょっぴり(+_+)でしたが
すんげ~方です。


“離婚? まだその話をしますか?”
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吊門大出身で歌手、 企画社 CEOに続き海外プロデューサーとして成功時代を開いているパク・チニョンは本音を率直にさ らけ出すのでとても多くの非難をあびてきた。
歌手とプロデューサーで活動する当時はエロチックな歌手で、 結婚以後は妻をヨジャチングー(彼女)と呼ぶ彼だけの独特な結婚 生活方式だったので‘離婚説’に苦しまされた。 アメリカ生活をする時もパク・チニョンの活躍より離婚と係わる質問を受け たが、彼はこんな声に逹観した感じだ。

“どうせ僕が違うと百回否認してもだめじゃないか。 幸せに暮らすのを見せてあげれば良いでしょう。 今まで僕が生き て来た他の方式のように!”
そうだ、パク・チニョンは言葉より身で示した代表的エンターテイナーだ。

とても怖い顔でしょ(?) 歌手はだめどという周りの非難を抑えて人気歌手として立ち上がったし、音楽を専攻していな かったが、作曲の基本の和声学をマスターしてシンガーソングライターとして生まれかわった。

彼の師匠格のキム・ヒョンソクが “ジニョイ(パクチニョン)は後輩だが僕が教わることが本当に多い人”と褒め言葉 を惜しまなかった。
これだけではない。 歌手としての安定した道を蹴飛ばして企画社を設立、ビ、ビョル、ノウルなど新世代スターを相次 いで掘り出した。アメリカに渡って現地でリルキムなど有吊な歌手のプロデューサーを引き受けている。もちろんパクチ ニョンだと言っても肯定的な面ばかりではないが、彼が成功した音楽人には変わりない。

パクチニョンは我が国の大衆音楽を一言で ‘ビビンパ音楽’と言う。
多様性上足によってあまりにも画一化されていると。 世界市場で 10年前に流行った ‘泣くバラード’にまだ韓国は沸 き返っているというのが彼の表現だ。

延世大大学院政治外交学課を休学中の関係で政界進出と係わる質問を多く受けて来た彼は、これに対して一言で ‘NO!’ と返事する。

“実は以前興味があったのは事実だが、今はただ音楽が良いです。 最後の職業は歌手になるでしょう 多分”

ユンギョンチョル記者(anycall@heraldm.com)

2004年1月には2億3千万ウォン訴えられてるんです
(株)JYPエンターテイメントを運営しているパクチニョンは、パクチユンとパクチユンの母親を相手に「専属契約当時先払いした5億ウォンのうち、音盤販売印税等を除いた2億3千余万ウォンを返還せよ」として、先給金返還請求訴訟を3日、ソウル地裁に出した。

訴状で「元来2000年1月から2003年2月末まで専属契約となっていたが、パクチユン側が2003年2月中旬頃、これといった理由もなく契約終了を要請、未精算先給金返還を条件に契約終了に合意した」と主張した。

…契約されたアルバム中、まだ出せずにいた1枚に対して、1億5千万ウォンを返還する線での合意を推進してきたパクチユンとしては、今回の訴訟提起に当惑を隠せない状態。パクチユンの側近は、「チユンは、自分の年齢に相応しくない成人趣向の音楽を勧め、あまりに色のあるイメージに染めたことに対し、パクチニョンに不満があったと理解している」とし、「円満な合意を通じて双方が和解できればいい」と語った。
by pipi-rain | 2005-06-23 18:07 | Rain(ピ) | Trackback | Comments(3)